オフのこと

年をとると筋肉痛って次の日じゃなくて、その次の日に来るでしょう?感情の波もそうなの。わたしだけなのかな。昨日東京から帰って今日の明け方、ぽんやりとオフ会で話した会話の数々が頭に浮かんできて、涙が出てきてしまった。「わかります、わかります」ってすごい何回も言ってもらった気がする。って思ったら、じわーって涙が出てきてしまって、今日だって仕事中、ふと会話が思い出されて涙ぐんでしまったりして困りました。涙もろくなったのもきっと年のせいということにしといてください。
こんなことを書くのは恥ずかしいんだけど。
もうずーっと長いこと、誰かに言いたかったこと、聞いて欲しかったことだったのね。それが言えて、それがちゃんと聞いてもらえて、うれしかった。
自分の言ってることが相手に伝わってるって感じられるうれしさとか、このひとの言ってること、よくわかる、なんて思えること、そんなにないもん。
わたしはもう、むかーしにおたくだったって人間で、今は自分のこと、おたくって名乗っていいのかだって本当はわかんないんだけど、アニメのことでもまんがのことでも、すぐに通じて話せるひとがいるっていいなって思った。なんかそういうの、もう別にいいやって思ってたんだけど、ちょっとした小さなことが、自分でもびっくりするくらい楽しかったので、バッカみたいって思って自分のことがかわいそうになっちゃった。わたしってかわいそう。
アニメのカラオケも楽しかったです。アウェイだったひと、場を読んでひよらせちゃったひと、ゴメンなさい。楽しんじゃってゴメンね。わたしも場を読んで選曲しがちなんだけど、今回はそういうので悩むっていうのがなくてすごく楽しかった。アニメ好き、って言っても世代によって見ているものも違うから、どうしよ!って思うこともあるんだけど、勉強熱心な若いひともいるのね。古い歌も知ってたりして、ちゃんとおたくなのね!って感動しました。「こないだやってたあのテレビ、見た?」って話まで出来て楽しかったです。そういうこと話せるひとが周りにほんとにいないのね。
出会う場がないなんて言うけど、今なんて昔にくらべたらネットのおかげで自分と同じ趣味のひとを見つけるのだってずいぶんと簡単になったんじゃないの?
なんて偉そうに言ってしまったけど、そういうわたしだって、全然行動していないわけで、勇気がないのは同じだったってことに気がついて反省しました。「かえって同じ趣味の人間がたくさんいるから、選んでんじゃないですかね」って意見に、「ええー?」って眉間にしわを寄せてしまったけど、でも、確かに選んでるかも。っていうか、選ぶのもめんどうになってうっちゃってる。ネットをはじめた頃ははりきってたけど、何度か痛い目にあってから、もういいやって思うようになったなあ。
ネットを通じてのコミュニケーションの取り方、それぞれのスタンスみたいなのが聞きたかったのかな。すっかりわかんなくなってたもんね。
どうしたらものごとがちゃんと見ることができるのかなあ。わたしはちゃんと見ることができてるのかなあっていうのはいつも不安です。同じ場所にいても同じものは見てなかったりするでしょ。それか見えてても見なかったことにしてるとか。
同じところにいたのに、自分とは全然違った感想をみんなが言ってたら、そういうのに囲まれたら、すごーくこわいよ。その場のルールがわかってなかったのは自分だけだったのかな、わたしは何を見たのかなって思うもん。みんなが赤だって言ったら白だって思っても、白って言えない。言わない。みんなの前ではピンクって言う。
でも今日はちゃんと思ったこと言います。言えます。
わたしはあの場所に参加して楽しかったです。こんなにちゃんと話ができたって思えたのってないです。
出席された方々、どうもありがとうございました。

ポニョ

崖の上のポニョが神過ぎた件
面白かった!
こういう考察、好きだなあ。言われて、へー!って思うの楽しい。諸星大二郎のまんがも、高橋克彦の昔読んだ小説も、なぬー!って思いながら、説明されて、へー!って思って楽しかった。
スピルバーグの「宇宙戦争」も、唐突なめでたしめでたしな終わりに、見終わったあと、ええ?ってとまどったんだけど、ネットで、あれはすでにみんな死んでる世界なのです、って書いてるひとの文章読んで、わー!って納得して、そんときもすんごい感動したなあ。そのひとの説明で見え方が、ぱー!って変わったことに。
このポニョの考察にもガッテン!ガッテン!ってボタンいっぱい押した。

美しいこと

美しいこと (ウィングス・コミックス)

美しいこと (ウィングス・コミックス)

もう10代の頃なんてとっくの昔のことなのに、ここで描かれている10代の女の子の感じる周りのひととのずれを、共感をもって受け入れることが出来る。過ぎた年月の分だけ、変わった、学んだ、成長したと思えることも多いのに、年をとっても変わらない、変われないとこがある。若いひとは、年をとったひとたちを、自分たちとは違う種類の人間として見たりする。年をとったひとも同じように、年の離れたひとたちをそのように扱ったりする。
でも基本的な、「感じること」は変わらないってことを、みんな頭に置いといてもいいんじゃないのかなあ。
主人公の女の子と違うところ。
主人公の女の子は通学の電車に乗っているときに見える家並みに、「このびっちり並んだ屋根の下全部に4〜5人ずつ人が住んでるのか!?」と、気持ち悪くなって吐いてしまうんだけど、わたしは同じものを見て同じことを思って、ほっとする。
電車から町並みを見て、ひとが住んで、生きて、それぞれがちまちまと生活していることを思ってほっとする。こんなにたくさんひとがいて、自分がそんな大勢の中のひとりであることにほっとする。
ハルヒはぞっとしたんだったっけか?
自分が特別な存在じゃないことに。
みんな特別でみんなおんなじだって思うんだけどな。ありんこみたいな存在だって思えるからこそ、自分が生きていることを許せる。生きていてもいいじゃないかって思えるんだけどな。

期限切れ

ポケモン映画をあわてて観てきました。もうすぐ終わっちゃうことに気がついて。だけどせっかく前売り券を買ったのに、特典のレジギガス配布期間は8月で終わってて、もーショック!また今度また今度と後回しにして余裕かましてたらこんなことに。
おいしいお菓子を買って、また今度また今度と冷蔵庫を開けるたびに思って、気がついたら期限切れ、ということもよくあること。なんか、楽しみはあとにとっとくというか、「コレがある」って思ってる状態が好きなのね。手に入れたら終わりでしょ。食べちゃったら終わりでしょ。そんで手に入れないまま、食べられないまま終わらせちゃうのね。
ヤんなっちゃうなー!
でも期限に気がつかなかったら引き換え券はずっと有効で、この券を持っていればレジギガスがわたしの元へ!ってずっとニヤニヤ思えるし、冷蔵庫の中のお菓子もずっと腐らずにあって「今度食べよう」って楽しみは継続。
んなこと出来るわけない。
あーもーバカ!

ポニョ


昨日見てきました。すでにいくつかの感想を見たあとだったので、「あ、ここのことかあ」なんて、見ながら確認作業みたいなことしちゃったなあ。でも全然気にならなかった。ひとが気になったって言ってたとこが全然気にならなくて、同じ映画でもそのひとの持つ背景で見方が変わってしまうんかね。
色鉛筆で描かれた背景が絵本に見るようなラフな線で、マットに塗られたキャラクターたちと、最初少し違和感を感じた。食べ物がやっぱりおいしそうだった。あったかいミルクに溶かしたスプーン一杯のはちみつとか。ラーメンのネギはもうちょっと薄く切ったほうがいいと思ったり。海辺の町に住む人の生活をのぞいた気分。海の上のお父さんと、照明でやりとりをしあったり、船と車が交差する道があったり。ちょっとしたことでもそこに住んでるひとたちの日常が伺える場面が好きだなあ。
町が海に沈んでも、別の世界の住人と出会っても、あっけらかんとしすぎてる気がしないでもなかったけど、そういう風に表現したかったのかなとも思う。
ただ5歳で一生のパートナーを決めてしまうのはなあ。なんだかきゅうくつだし、責任取ってね、みたいなのがヤだったなあ。きっと宗助は一生迷うことなくポニョを守り続けるんだろうけど。
好きなひとができて、ポニョが泡になって消える前に食べられて、一緒に泡になっちゃうっていうんならいいかな。うかつな約束はするもんじゃないって思えるもんね。

星からの指示

いつも楽しみにして読んでいる星占いサイト筋トレで、今週の獅子座を見たら、「コミュニケーションをとにかく活性化させてください」なんていうことばが最初にあったので、ええ〜って思いました。しかも「クールでシャープな声ではなく感情的な声で話してください」なんてことも書かれていて、わたしはそういうのちょっと苦手なんだけどなあととまどいました。
ひとにちょっと、もの申したい、っていう気持ちってなんなんだろね。注意するとか説教するみたいなさ、「ちょっとアンタ何やってんの?」みたいなの。もー、そういうのってすごく苦手。でも珍しくそういう気分になってたのも事実で、星占いにそのこと当てられたみたいで励まされるように、言いたいことを感情的に書いてみたんだけど、やっぱり読み直して、こんなふうにひとに感情をぶつけるのってヤだわ、って思ってしまって、下書きのまましまっちゃった。
ひとに、自分の感情をぶつけるのって、深く関わりあうことの覚悟が必要なんじゃないかって思うんだけど、ネットでは、ぱっと火がついたように反応して、よそさまに自分の感情をぶつけたりするひとがいるでしょう。しかもみんなが見てるとこで!人格攻撃みたいなことしたりして!ああいうのってほんとヤだ。
ひとにもの申すって責任を負わなきゃいけないんじゃないのかな。なんかそういうのがこわいのね。めんどくさいこと、キライなんだもん。
めんどくさくてもいい!あなたのことが気になるの!ってひとにだけ、わたし、覚悟を決めるよ。

有り難い

最近猫が増えました。一匹増えて二匹になりました。うちのベランダの前でミャガミャガ鳴いていたので仕方なく家に入れたのです。おとな猫だったら、しっし!ってするんですが、仔猫だったので、もうしょうがないかって感じ。このまま追っ払ったらなんか死にそうって感じだったのです。
洗ってノミもしつこくつぶして、でも小さい面積だしヤセ猫だったのですぐに退治できました。頭も小さいし足も細いのに、すごいいきおいでエサを食べるもんだから、腹だけがぷっくりアンバランスにふくらんで、その様子はまるで餓鬼です。
母猫のおっぱいが恋しいのか、抱き上げると手のひらに顔を押し付けて、延々とちゅぱちゅぱ吸い続けるので手がよだれまみれになります。
数日前までいなかった生き物が家にいて、無防備に腹を出して寝ている姿を見ると不思議な気持ちになります。うちに拾われなかったら、今頃コイツはどうなっていたんだろうと。もう一匹くらい飼ってもいいかな、っていううちの庭に入り込むなんて、コイツは運がいいなあと。
イキモノ=シヌモノ
chabatake-2007さんのところで、別の運命をたどった猫の話を読んで、時期が重なったこともあって、ますますいま生きている仔猫の姿が不思議に思えました。
生きてるって運がいい。